◆七福神を走ってみました
きょうは、先日寄り道したジョギングの続きで、残りの七福神めぐりをしてみました。
たまたま、いつものコースを外れ、寄ってみた二福神(恵比寿と寿老神)。
いつか、残りの五福神を全部回ってみようと思い、やっと今日実現出来ました。
この処、土日の仕事が多くジョギングもご無沙汰でした。
きょうは、JR南武線の武蔵新城駅まで行き、七福神めぐりコースを走ってみました。
①安養寺 ⇒ ②宝蔵寺 ⇒ ③多聞寺 ⇒ ④西明寺 ⇒ ⑤大楽密寺 と
一時間掛けて探し探しで残っていた五福神を完走。
注)朝早いとは言え、多聞寺のシャッターが閉まっており中に入れません。
お寺でこれほど厳重なのはちょっと興ざめです。
■安養寺(福禄寿)

福禄寿という名は、道教で強く希求される3種の願いを兼ねるということから名付けられたと言われています。
この短身、長頭、美しい髭を貯えた老人、持つ杖の頭には、経巻が結び付けられ、白鶴をともなっています。
この経巻は、人の寿命を示し、福は指宝、禄は地位、寿は長命で、この福、禄、寿を兼ね備えた人は、人望のある人として、人々に尊ばれます。

福禄寿神をお参りすることによって、人望(福、禄、寿)を得ることができると言われます。常に心の中に福禄寿神がおわしますよう心がけたいものです。

■宝蔵寺(弁財天)
七福神の中で、紅一点の女神で、もともとは河川が神格化した水の神様であり、そのお使いは巳である。
インドでは、学問、技芸の神として尊崇され、梵天の妃であると信じられています。
仏教では、水が人間の汚れを取り除き、大地をうるおし、
美しく豊かな国土を生み出す女性を現しています。

つまり、水は低きに流れるが如く、器によってその型を変えるという柔軟な心を現しています。
弁財天もともとの姿は八臂であり、その御手には、それぞれに、弁財、除災、破邪、顕正、財宝、技芸、知恵等を現すものを持っています。室町時代以降、現在の二臂、琵琶を弾かれる柔和な姿にかわり、弁財、除災に御利益のある女神として信仰されています。
柔和なお姿に接することで、自然に心が和みます。
■多聞寺(毘沙門天)
四天王の一つで北方の守護神です。

仏法を護持し、常に如来を護衛して、よく説法を聞くことから「多聞天」とも呼ばれています。
その身は黄金色で憤怒の相、七宝の甲冑をつけ、左手に宝塔、右手に宝棒を持ち、昔から戦勝の神として尊崇され、外からの妨を払いのける威光をあらわす神とされています。
外からの妨げとは、それは私達の心の中にある煩悩との戦い、つまり人間の持つ自己中心的なエゴとの戦いです。
これを般若の知恵という剣によって断ち切るのです。甲冑は如来の護法を聴聞する多聞の力によって、よくわが身を設るという教えです。
自分自身の煩悩を断ち切るためにも、心から毘沙門天にお参りしましょう。

■西明寺(大黒天)
もともとは、インドの闇黒の神でありましたが、仏教にとり入れてからは、仏、法、僧の三宝を護持し、飲食を司る護法人となりました。
名前の示すとおり真黒で、いきどうり怒った姿をされていました。
大黒様には六種類あり、その一つにマカラ大黒というのがあります。
私たちがよく見かけるのがこの大黒様で、日本では大黒が大国に通ずる所から、大黒天は、大国主尊と同一視され、神話にあるように、大きな袋を背負って歩く姿となったのです。
その姿は、頭には頭巾をかぶり、手には小槌、袋をかついで米俵の上に立っています。頭巾をかぶるは「上を見るな、うつむいて働け」との教えです。
一生懸命に働くことにより袋には、七宝、足元には米が自然に集まり、また打出の小槌は意のままに黄金を振りまくことができる。
つまり、勤労は徳であり、怠者の頭を打つのが小槌であると教えています。
働く事によっていくらでも、福を授けて下さる大黒様を是非厚くお参りしましょう。

■大楽密寺(布袋尊)
七福神のなかで唯一実在の人物です。
小柄で腹は大きな太鼓腹で、いつも半裸体、一本の杖を持ち、袋の中には身の廻りの品物がはいっている。片時も離すことが無く、転々と歩く天真爛漫な人物である。名利を追うこと無く、いつも呵々大笑しています。
その太鼓腹は度量の広い太っ腹な心を現しています。布袋尊は、家内安全、学業成就にご利益があらたかであるとされています。
布袋尊を拝むことにより、慈悲の心を持ち広い度量で人に接し愛されることができるようになると考えられます。布袋尊の大きな度量に是非あやかりましょう。
最後に、西明寺で見つけたひときわ光輝いていた縁起物、このブログを見て頂いた皆様に御裾分けします。
出世された方はそれなりに、これから出世される方には是非ご御利益がありますように!


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たまたま、いつものコースを外れ、寄ってみた二福神(恵比寿と寿老神)。
いつか、残りの五福神を全部回ってみようと思い、やっと今日実現出来ました。
この処、土日の仕事が多くジョギングもご無沙汰でした。
きょうは、JR南武線の武蔵新城駅まで行き、七福神めぐりコースを走ってみました。
①安養寺 ⇒ ②宝蔵寺 ⇒ ③多聞寺 ⇒ ④西明寺 ⇒ ⑤大楽密寺 と
一時間掛けて探し探しで残っていた五福神を完走。
注)朝早いとは言え、多聞寺のシャッターが閉まっており中に入れません。
お寺でこれほど厳重なのはちょっと興ざめです。
■安養寺(福禄寿)
福禄寿という名は、道教で強く希求される3種の願いを兼ねるということから名付けられたと言われています。
この短身、長頭、美しい髭を貯えた老人、持つ杖の頭には、経巻が結び付けられ、白鶴をともなっています。
この経巻は、人の寿命を示し、福は指宝、禄は地位、寿は長命で、この福、禄、寿を兼ね備えた人は、人望のある人として、人々に尊ばれます。

福禄寿神をお参りすることによって、人望(福、禄、寿)を得ることができると言われます。常に心の中に福禄寿神がおわしますよう心がけたいものです。
■宝蔵寺(弁財天)
七福神の中で、紅一点の女神で、もともとは河川が神格化した水の神様であり、そのお使いは巳である。
インドでは、学問、技芸の神として尊崇され、梵天の妃であると信じられています。
仏教では、水が人間の汚れを取り除き、大地をうるおし、
美しく豊かな国土を生み出す女性を現しています。
つまり、水は低きに流れるが如く、器によってその型を変えるという柔軟な心を現しています。
弁財天もともとの姿は八臂であり、その御手には、それぞれに、弁財、除災、破邪、顕正、財宝、技芸、知恵等を現すものを持っています。室町時代以降、現在の二臂、琵琶を弾かれる柔和な姿にかわり、弁財、除災に御利益のある女神として信仰されています。
柔和なお姿に接することで、自然に心が和みます。
■多聞寺(毘沙門天)
四天王の一つで北方の守護神です。
仏法を護持し、常に如来を護衛して、よく説法を聞くことから「多聞天」とも呼ばれています。
その身は黄金色で憤怒の相、七宝の甲冑をつけ、左手に宝塔、右手に宝棒を持ち、昔から戦勝の神として尊崇され、外からの妨を払いのける威光をあらわす神とされています。
外からの妨げとは、それは私達の心の中にある煩悩との戦い、つまり人間の持つ自己中心的なエゴとの戦いです。
これを般若の知恵という剣によって断ち切るのです。甲冑は如来の護法を聴聞する多聞の力によって、よくわが身を設るという教えです。
自分自身の煩悩を断ち切るためにも、心から毘沙門天にお参りしましょう。
■西明寺(大黒天)
もともとは、インドの闇黒の神でありましたが、仏教にとり入れてからは、仏、法、僧の三宝を護持し、飲食を司る護法人となりました。
名前の示すとおり真黒で、いきどうり怒った姿をされていました。
大黒様には六種類あり、その一つにマカラ大黒というのがあります。
私たちがよく見かけるのがこの大黒様で、日本では大黒が大国に通ずる所から、大黒天は、大国主尊と同一視され、神話にあるように、大きな袋を背負って歩く姿となったのです。
その姿は、頭には頭巾をかぶり、手には小槌、袋をかついで米俵の上に立っています。頭巾をかぶるは「上を見るな、うつむいて働け」との教えです。
一生懸命に働くことにより袋には、七宝、足元には米が自然に集まり、また打出の小槌は意のままに黄金を振りまくことができる。
つまり、勤労は徳であり、怠者の頭を打つのが小槌であると教えています。
働く事によっていくらでも、福を授けて下さる大黒様を是非厚くお参りしましょう。
■大楽密寺(布袋尊)
七福神のなかで唯一実在の人物です。
小柄で腹は大きな太鼓腹で、いつも半裸体、一本の杖を持ち、袋の中には身の廻りの品物がはいっている。片時も離すことが無く、転々と歩く天真爛漫な人物である。名利を追うこと無く、いつも呵々大笑しています。
その太鼓腹は度量の広い太っ腹な心を現しています。布袋尊は、家内安全、学業成就にご利益があらたかであるとされています。
布袋尊を拝むことにより、慈悲の心を持ち広い度量で人に接し愛されることができるようになると考えられます。布袋尊の大きな度量に是非あやかりましょう。
最後に、西明寺で見つけたひときわ光輝いていた縁起物、このブログを見て頂いた皆様に御裾分けします。
出世された方はそれなりに、これから出世される方には是非ご御利益がありますように!
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